「野鳥あれこれ」 第6話 (フィンランド便り)

                               百瀬 淳子

五木寛之の初期の作品に『美しきスオミの夏に』という短編があります。フィンランドのヌーディストクラブを舞台にしたものですが、それはセウラサーリにあるクラブから着想をえたのではないかと思います。前号で書いたあのアカゲラが手に乗ってきたという島です。スオミはフィンランドのことです。

ヌーディストクラブは島の西海岸にあり、板塀が長々とめぐらされています。鳥を見に行ってその前を通ることがありますが、大きな紙袋を抱えた人が入っていくのを見かけます。

『美しきスオミの夏に』は簡単に言ってしまえば、北欧ヌーディストクラブの国際大会に参加した日本青年が、堂々たる肉体の白色人種の青年男女集団の前に、貧弱な体型へのコンプレックスと激しい心の内部抑圧で崩れ折れそうになったとき、フィンランド女性がそっと近づきいたわってくれるという筋書きです。

五木寛之は、60年代半ば日本の青年がシベリア鉄道経由でまずフィンランドに着き、ヨーロッパに渡りはじめた頃に同じように行っています。フィンランドに滞在したわずかな日数で見事だと思うのは、いたわってくれたのはフィンランド女性としたところです。フィンランド人と日本人はなぜか波長があう点があります。今では国際結婚が多々あるほどです。それを五木寛之は鋭い感性でとらえていますね。

6月、7月、フィンランドは快晴の日が多くなります。日差しは強くなり、しかも日照時間はたいへん長い。ゆでたカニのように赤く日焼けした人をよく見かけるようになりますが、年間を通じると少ない日光量です。
今は皆、ズボン(パンツというべきか)をはくので分かりませんが、私が40年前に行ったときには中高年女性の、スカートの下の足の大きくふくれた青い静脈が目につくことが多くて驚きました。日光不足から来るものだと耳にしたことがあります。日光は彼らにとってこの上なく大切、紫外線の害がうんぬんされる今でも、日光を吸収するためにこのような場所にきて全裸になるのです。
他の欧米で行なわれるヌーディズム(よくは知りませんが)とはいささか違うのではないかと考えます。

しかし当時の日本人には、ヌーディストクラブという言葉は特別な響きをもったでしょうし、作者はそれでダイナミックな虚構を作り、60年代の時代、日本人、フィンランド人、そして東洋とヨーロッパの間に立ちはだかる大きな壁を見事に描いていると思います。

あの作品は、私たちがちょうどフィンランド滞在中に文芸春秋に発表されました。小説は次の言葉で閉じられています。「一九六五年、美しいスオミの夏であった」。

 

 

そんなスオミの人々は夏の一日、夏の喜びを天に向かって高く燃え上がらせます。
夏至を祝う夏至祭は、フィンランドでは6月20日から26日の間の土曜日に行なわれます。その前日の金曜日の夜が重要で前夜祭、つまり夏至祭が行なわれるのです。職場や店は休みになり、都市に住む人は田舎に行って水辺のサマーコテージで祝います。
街なかの電車やバスや船、またここだけは開いている野外市場の店のテントにも新緑の白樺の枝が飾りつけられています。ヘルシンキ市ではセウラサーリで祭りが行なわれるので、観光客はそこに行きます。

午後7時イベント会場の広場で、伝統音楽とともに民族衣装を着た男女がフォークダンスを踊り、新婚カップル1組がウエディングワルツを踊ります。9時、カップルが馬の引く舟と見立てた木の箱に乗って退場すると、森から伐ってきた木を水辺に高く積み上げたかがり火(コッコと呼ばれる)が焚かれることになります。
コッコは、本来はフィンランド東部周辺の風習だったのが、今ではほぼ全土で行なわれるようになりました。夏至祭は村祭りの行事であり、村々には独自のコッコがあります。セウラサーリにはこの方々の村のコッコや子供のコッコ、さらに旧フィンランド領のカレリア地方やロシア領のイングリア地方のコッコなどが準備されて、次々に焚かれます。
大きなメインのコッコは十メートルくらいの高さです。10時になると先刻の新婚カップルをのせたボートが近づき、これに点火しました。高く上がる天をも焦がす焔に人々は歓声をあげ、夏の祝福を言い交わします。焔が静まる頃、人々は身を寄せあい薄明の真夏の一夜を踊り明かします。それは夏を謳歌しながら、しかし明日からは足早に去って行く夏への挽歌でもあるのです。

お祭りには音楽、ダンスとともに酒、ソーセージは必需品、屋台では大きなソーセージが焦げ目をつけて美味しそうに焼かれます。長い紐のような飴が売られ、子供たちは輪にしてなめています。大勢の人々で賑わい、野鳥に餌やりをするいつものセウラサーリとは打って変わった風景が展開します。

夏至祭の夜、娘たちには心躍るものがあります。9種類の野の花を摘んで枕の下に入れて眠ると、未来の夫が夢に現れるという言い伝えがあるからです。ジューンブライドは若い女性のあこがれ。ちなみに民族衣装の娘たちがかぶる野の花の冠はとても素敵でした。

 

 

今度の号の二つの話題は野鳥とは直接縁はありませんが、野鳥に縁のあるセウラサーリにまつわるものになりました。たまにはいいかと。  (2006.7.15)


(*) 文中「セウラサーリ」は、ヘルシンキにあるセウラサーリ野外博物館、あるいは、野外博物館のあるセウラサーリ島のことを指します。

Seurasaari Open-Air Museum



 

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